子どものゲームをやめさせたい。
そう思ったことはありませんか?
でももし、
「ゲームをやりなさい」と言ったらどうなると思いますか?
私はそれを、息子・Eizで実験してみました。
結果は、想像していたものとは少し違いました。
強制された「好き」は、こんなにも簡単に壊れてしまうという話
Eizは、サッカー選手になるために、サッカー中心の毎日を送っています。
自然と「やりたい」という気持ちと、「サッカー選手になりたい」という想い、
そしてサッカーを続けられる環境がそろって、
今の一歩一歩につながっているように、感じています。
そんな生活の中で、現代っ子らしくEizはゲームも大好きです。
ゲームをやっている姿を見ていると、
正直「ゲームって本当に中毒性があるな」と思うこともあります。
それと同時に、
とにかく楽しそうで、心からワクワクしながらやっている姿を見ると、
それを見ているこちらまで、ある意味とても幸せな気持ちになります。
以前のEizは、サッカー以外にもたくさんの習い事をしていました。
小さい頃に、これやってみたい?と聞くと何でもやってみたいと言い、始めると中々辞めないのです。こちらとしてはお試しという感じで始めさせたのに辞めず、結局大量のお習いごとになってしまったという感じです😅。唯一日本語の補習校に関しては半分義務、半分覚えたいの半々だったと思います😔。
それを10歳の時に、
「サッカーだけに集中する」とEiz自身が決めて、
他の習い事をすべてやめました。
そうすると、なんとなく少し時間ができたような気もしますが、
とはいえ週3回の練習に加えて、土曜日・日曜日はどちらも試合。
実際にはそこまでゲームをする時間がたくさんあるわけではありません。
それでも、一般的に見たら、
それなりにはゲームをやっている方だと思います。
強制したら、好きなものは嫌いになるのか?という実験
私は以前から、
大人でも子どもでも、
「何かを押し付けられること」や
「義務感を感じながらやること」が、
一気にやる気を失わせてしまう場面を何度も見てきました。
Eiz に関しては日本語学習です。
前回ブログにも書きましたが、義務感を感じさせてしまった時点で、ストレスになってしまったという事。
関連記事:
海外で育つ子どもの日本語が薄れていく理由|0歳から母国語として触れた日本語も「勉強」に変わると難しくなる
それ以外にも、サッカーを続けている子供で、必要以上に指示をされたり、
親や指導者に管理されすぎたりすることで、
もともとは楽しんでやっていたサッカーが、
いつの間にか「やらなければいけないもの」になり、
楽しめなくなってしまう子どもを、何人か見てきました。
だからずっと、こんなことを考えていました。
「本当に好きなことでも、強制されると嫌いになってしまうのだろうか?」
そこで、実験をしてみることにしました。
テーマは、
こんなに楽しいゲームでも、強制したら嫌いになるのか?
というものです。
Eizが小さい頃、
「今の時代はゲームでお金を稼ぐ人もいる」
「ゲームが大好きなことを仕事にしている人もいる」
そんな話をしたことがあります。
その時Eizは、目をキラキラさせながら、
「じゃあサッカー選手になれなかったら、ゲームで稼ぐ!」
と言っていました。
子どもというのは、本当に正直で、
「好きなことを仕事にしたい」と自然に思うものなんだなと🧡。
そんなことも頭にあり、
今回の実験をしてみることにしました。
ゲームを“本気で管理する大人の目線”で見てみた
ゲームをしている時に、
「ちゃんとやってる?」
「集中してる?」
「それって本当に意味ある?」
帰ってきた時には、
「今日一日、ちゃんとゲーム頑張った?」
「練習してる?」
寝る前には、
「今日のゲームを振り返ってどうだった?」
「何かためになったことはあった?」
「これからの方針は?」
完全に冗談です。
Eizも冗談だと分かっていますし、
私もふざけて言っていました。
でも、あえて“本気で管理する大人の目線”を装って、
それをしばらく続けてみました。
※これは、子どもをコントロールするための話ではありません。
あくまで、親として「強制が与える影響」を観察するための実験として。
嫌いになったのはゲームではなく、強制されている感覚でした
最初のうちは、
「すごいやってるよ!」
「僕、めちゃくちゃ真剣にやってるよ!」
と、ふざけて返してきていました。
でも、だんだんと、
本当に嫌そうな顔をするようになりました。
ゲームが嫌いになった、というよりも、
強制されている感覚そのものが、大きなストレス
になっているように見えました。
そのせいで、
ゲームをやる時のモチベーション自体が下がっている。
それを見て、
「ああ、本当に関係あるんだな」と、はっきり実感しました。
もしこのまま毎日続けていたら、
本当にゲームそのものが嫌いになってしまっていたと思います。
だから、この実験はやめました。
そもそも私は、
Eizにゲームをやめてほしいと思っていたわけではありません。
正直に言えば、
「その時間を、もう少し自分のためになることに使ってほしい」
という気持ちがまったくなかったわけではありません。
でも、
ゲームが悪いものだとは、最初から思っていませんでした。
もし本当に、
ゲームに強いパッションを持っていて、
「僕は将来ゲーマーになる」
「だから本気でゲームをやる」
そういう子がいたとしたら、
それを応援することは、
サッカーをやりたい子を応援するのと、
本質的にはまったく同じだと思っています。
好きで、
楽しくて、
それをやれる環境があって、
それを続けている。
この条件がそろえば、
サッカーでも、ゲームでも、
ピアノでも、絵でも、
医者でも、弁護士でも、
どんな分野でも、
人は本当にすごいところまで行けると、私は思っています。
だからこそ、
あんなに楽しそうにやっているゲームを、
親の関わり方ひとつで嫌いにさせてしまうことの方が、
間違っているとさえ思いました。
そして、ひとつ確信したことがあります。
人は、強制されると、好きなものですらやりたくなくなる。
これは、ある意味とても恐ろしいことだと思いました。
ちなみにもし、
Eiz本人から
「Mamma、サッカーに集中したいから、ゲームをやめるのを手伝って」
と言われたら、
その時は、あの手を使うと思います。
「ちゃんとゲームやりなさい!」
「全然本気に見えないよ?」
……たぶん、すぐ減ると思います😂。
冗談のような話ですが、
同じ行動でも、
子どもの主体がどこにあるかで意味はまったく変わる
ということだと思っています。
関連記事:
YESで答えてきた子育て|やりたいを止めないと決めてきた理由
つづく

