子育てをしていると、これでよかったのかと考えてしまう場面は何度もあります。
すべての親が、子どもに幸せになってほしいと願うのは当然のことです。
ただ、その前提の裏側には、もう一つ大切な視点があると感じています。
それは、「幸せになる力」を育てていくということです。
どんなことがあっても、自分で立ち直り、自分なりの幸せを見つけていける力。
その力をどう育てていくのか。
そんな自分の中にあった感覚に、ぴたりと重なったのが、黒川伊保子さんの『子育てのトリセツ』でした。
子育てのトリセツで一番印象的だった考え方
この本を読んで感じたのは、子育てに正解を求めていないということです。
「こうすればうまくいく」「これが正しい」というような一つの答えに当てはめるのではなく、その子と親、それぞれの感覚を大切にしている。
そこにとても共感しました。
子育てをしていると、どうしても外の基準に引っ張られることがあります。
周りの意見や、一般的に言われていること。
でも本来は、目の前の子どもと自分がどう感じているか。
そこが一番大切なのだと思います。
母親である自分が「これでいい」と思えたこと。
その感覚を信じていい。
この本には、そう言われているような安心感がありました。
また、子どもの今だけを見るのではなく、その子がこれからどんな人生を歩んでいくのかという長い視点で見ているところも印象的でした。
子育ての考え方に共感した理由
読み進める中で、何度も「そうそう、そうなのよ」と思う場面がありました。
子育てに関する本はこれまでにも読んできましたが、どこかで「ここは違うな」と感じることも少なくありませんでした。
でもこの本は、その違和感がほとんどありませんでした。
自分の中にあった感覚に、ぴたりと重なるような一冊でした。
気づけば読むことに集中してしまい、メモすることも忘れてしまうほどでした。
私自身、日頃から「当たり前を疑うこと」を大切にしてきました。
そのことについては、こちらの記事でも書いています。
母乳や授乳に対する考え方
本の中で語られている授乳に対する考え方も、とても共感できるものでした。
「おっぱいは母と子のものであって、人にとやかく言われるものではない」
本当にその通りだと思います。
授乳に関しては、人それぞれに考え方があります。
「こうした方がいい」「ああした方がいい」と言われる中で、何が正しいのか分からなくなることもあると思います。
でも結局は、母親である自分がどうしたいのか。
そして子どもがどう感じているのか。
そこが一番大切なのだと思います。
母乳をあげられない理由があったり、あげたくないのであれば、無理に続ける必要はなく、今の時代はミルクでも十分に育てることができます。
反対に、続けたいと思うのであれば、周りの目を気にすることなく続ければいい。
どの選択も間違いではなく、自分と子どもが納得できる形を選ぶこと。
それが一番大切なのだと思います。
私自身も、授乳については自分なりに考えてきました。
できるだけ長く続けたいと思っていましたが、最終的にはEizと話し合って、3歳の誕生日でやめることに決めました。
今振り返って思うのは、あらかじめ自分の中で「こうする」と決めていたことが、とても大きかったということです。
もしそれが決まっていなかったら、「本当にこれでよかったのか」と迷っていたと思います。
でも、自分の中で納得した形があったからこそ、迷わずその日を迎えることができました。
そしてその日以降、Eizは思っていたよりもあっさりしていて、授乳を強く求めることもありませんでした。
それまでに何度も二人で確認し、その日にやめると決めていたせいもあって、本人の中でも整理できていたのだと思います。
むしろ私の方が、「これで終わりなんだ」と感じてしまい、少し寂しさを感じていたくらいでした。
愛情を言葉で伝えるということ
この本を読んで改めて感じたのは、愛情を言葉で伝えることの大切さです。
「大好きだよ」
「あなたはかけがえのない存在だよ」
「ママのところに来てくれてありがとう」
こうした言葉は、特別なときにだけ伝えるものではなく、日常の中で自然に出てくるものなのだと思います。
私自身も、意識して始めたわけではありませんが、気づけばこうした言葉を伝え続けてきました。
そして今では、それが無意識の習慣になっています。
小さい頃からそうした言葉を受け取っていると、子どもも自然と返してくれることがあります。
でも、それが返ってくるかどうかは本質ではないと思っています。
大切なのは、愛しているということを伝え続けること。
それが、子どもにとっての安心感となり、「自分は大丈夫だ」と思える土台になっていくのだと思います。
イタリアで生活していると、こうした愛情表現はとても自然なものとして存在しています。
外でも親子がハグやキスをすることに違和感はありません。
こうした環境の中で子育てができることは、とても大きなことだと感じています。
関連リンク
イタリアにはマザコンがいない理由
脳科学から見た子どもの成長
この本は、脳科学の視点から子どもの成長を捉えているところも、とても印象的でした。
子どもの発達には個人差があり、できることやできないことにも、それぞれのタイミングがあります。
たとえば、アインシュタインは言葉を話すのが遅かったという話は有名です。
でも、もしあの母親でなかったら、あのアインシュタインは生まれていなかったのではないかと私は思っています。
子どもの成長は、単純に早い・遅いでは測れないものです。
今できているかどうかだけで判断するのではなく、その子の中で何が育っているのかを見ること。
そして、誰がその子を信じ、どんなふうに関わっているのか。
そこがとても大切なのだと思います。
母親の本能と、子どもとのつながり
授乳の時間は、ただ栄養を与えるためのものではなく、親子にとってとても大切なコミュニケーションの時間です。
子どもはおっぱいを飲んでいるとき、特に脳が活性化していると言われています。
そう考えると、その時間をただ流してしまうのは、とてももったいないことです。
スマートフォンを見たり、他のことに意識を向けるのではなく、
目を見て話しかけたり、表情を見つめたり、ぬくもりを感じること。
そうした時間の積み重ねが、子どもにとっての安心感や、親子のつながりをつくっていくのだと思います。
そしてもうひとつ強く感じているのは、母親としての本能的な感覚の存在です。
意識してそうしているわけではなく、気づいたらそうなっていたという感覚。
頭で考えるよりも先に身体が反応しているような、どこかで常につながっているような感覚。
そしてもうひとつ印象的なのが、「自分の子どもが特別にかわいく見える」という感覚です。
こういう感覚は、母親に自然に備わっている本能的なものだと聞いたことがあります。
そう思うと、ああいう感覚って本当にあるんだな、と思いました。
親子を超えた関係性と、子育てで大切にしたいこと
読みながら強く感じたのは、ゆうちゃんはお母さんのことを、かけがえのない存在として見ていたというだけではなく、言葉では表現しきれないような特別な存在として感じていたのだということです。
そして同時に、お母さんのことをしっかりと敬い、ひとりの人間として向き合っていた。
また、著者にとってもゆうちゃんは、ただの息子という感覚だけではなく、もっと深い存在であることが伝わってきます。
著者もまた、ゆうちゃんのことを一人の人間として大切に向き合っている。
ただの親子といえば親子、親子というのはこういうものだと言われればそうなのかもしれません。
でも、そういう一言では言い表せないような、もっといろいろなものがその関係の中に含まれているのだと感じました。
ただの親子という関係だけではなく、ひとりの人間同士としての関係があるように感じました。
こういう関係でいられるということは、まさに理想なのだと思います。
いろいろな子育ての本や情報があって、今の時代はいろんなやり方や考え方に触れることができます。
その中で、自分なりの考えを持って、自信を持ってやっていくことが大切なのだと思います。
もし違ったと思えば、その都度修正していけばいい。
調整しながら続けていくものだと思います。
この本に書かれている「愛」というテーマも、子育てとは切り離せないものなのだと思います。
子どもが自分で立ち上がっていく力をどう育てていくのか。
それも、子育ての中でとても大切なことなのだと感じています。
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