子どもの成長に大切な時間

育成思考 : mamma-eiz

子どもが何かに向かって進んでいるとき、
まだはっきりとした形にはなっていない時間があります。

外から見ると、
成長の途中にあるように見える時間。

でもその時間は、
内側では確実に進んでいる時間。

人は本来、何歳になっても途中にあり、
変わり続けていく存在です。

大人であっても完成するわけではなく、
それぞれの時間の中で
少しずつ形づくられていきます。

その中でも子どもは、
まだ定まりきっていない分、
より大きく開かれた状態にあります。

未発達で、
未完成で、
これからの余白が広く残っている存在。

そしてその未完成さの中には、
これからどのようにも育っていける
大きな可能性が含まれています。

まだ形になりきっていないこと。
まだ方向が固定されていないこと。
その途中段階にあるということそのものに、
価値があるのだと思います。

そして子どもは、
その時点で
すでに豊かな存在です。

そんな時間の中で、
親にできることの基本は、
やはり見守ることなのだと思います。

もちろん、必要なときに手を差し伸べることも
大切な関わりです。

でも同時に、
差し伸べすぎないこともまた、
親の大きな役割なのではないでしょうか。

親は子どもを思うからこそ、
より良い方向へ導こうとします。
それは自然な願いであり、
深い愛情でもあります。

でもその願いが強くなるほど、
知らないうちに
別の理想や基準へ近づけようとしてしまうことも
あるのかもしれません。

たとえば、
鷹が鷹として生まれ、
白鳥が白鳥として生まれるように、
それぞれにはそれぞれの形があり、
それぞれの育ち方があります。

もし白鳥を
強い鳥にしようとして
鷹のように育てようとしたら。
あるいは鷹を
優雅な鳥にしようとして
白鳥のように育てようとしたら。

それは本来の方向とは少し違う
力のかかり方に
なってしまうのかもしれません。

本来そのままであれば
それぞれの形で
豊かに育っていくはずのものが、
別の理想へ近づけようとされることで、
その姿が十分に現れなくなることも
あるのかもしれません。

子どもがまだ形になっていない時間は、
未完成で不確かな時間に見えることもあります。

でもその未完成さの中には、
これからどのようにも開いていく余白があり、
その子固有の方向が
ゆっくりと現れていく過程があります。

だからこそ、
急いで形にしすぎず、
方向を決めすぎず、
見守りながら育っていく時間を
大切にしていけたらと思っています。

まだ形になりきっていない時間の中で、
それぞれが少しずつ育っていく。

その過程そのものに、
静かな価値があると感じます。

つづく

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