子どもに失敗をさせること。
大切だと分かっていても、実際にはとても難しいことだと感じます。
失敗が経験になることもわかっている。
そこから学ぶことがあることも理解している。
でも、子どもが辛そうにしている姿や、失敗するかもしれないのに見守ることは、やっぱり簡単なことではありません。
できることなら避けさせてあげたい。
そう思ってしまうのは、親としてとても自然な感情だと思います。
親はなぜ子どもの失敗を止めたくなるのか
親の役割は「守ること」。
そういう前提が、どこかにあるのだと思います。
でも、どうして守るのでしょうか。
つらい思いをさせるのがかわいそうだから。
嫌な思いをさせたくないから。
その感覚はとても自然なものだと思います。
でも本当に、そこだけを見ていていいのでしょうか。
親が本当に見ていくべきものは何か
少し視点を変えて考えてみると、
本来、親が見ていかなければいけないのは、
その瞬間のつらさではなくて、
その先にあるものなのではないかと感じています。
転んだときに立ち直れるかどうか。
失敗したときに、そこからどう進めるか。
そしてもう一つ、
その出来事を、子ども自身がどう受け止めていくのか。
挫折として止まるのか、
経験として前に進んでいけるのか。
その感覚を、子どもの中に育てていくこと。
それが、親の関わりの中でつくられていくものだと思っています。
以前、つまずいても立ち上がれる力についても書きましたが、私はやはり、転ばないように守ることよりも、転んだあとにもう一度前を向ける力の方が大切だと感じています。
なぜ「助けること」が子どもの経験を減らしてしまうのか
ただ、
ここが一番難しいところで、
頭では分かっていても、
実際にはなかなかできない。
子どもがつらそうにしていると、
やっぱり手を出したくなるし、
止めたくなる。
それは単純に優しさでもあるし、
親として自然な反応だと思います。
でもその背景には、
「失敗は避けるべきもの」
という感覚が、
無意識の中に残っているからなのではないかと感じています。
助けることが子どものためになる。
そう思って関わっているはずなのに、
実際には、
その“助け”が
子どもの経験を減らしていることもある。
ここには、ひとつのメカニズムがあるのだと思います。
そしてさらに、
どの失敗はさせるべきか、
どの失敗は避けた方がいいのか、
そうやって選ぼうとすると、
また迷いが生まれてしまいます。
親が安心しきれない理由については、こちらの記事でも書いています。
すべての経験が意味を持つという考え方
でも本来は、
その一つ一つを選ぶことではなく、
すべての経験が
子どもにとって意味のあるものになる
という前提で捉えることの方が、
大切なのではないかと感じています。
失敗という出来事そのものではなく、
「失敗したという経験」
そしてそこから何を感じるか、
何を学ぶか。
そこに意味がある。
つまり、
失敗することが問題なのではなく、
その経験があるかどうかが
大きな違いになっていくのだと思います。
もちろん、
命に関わることや、
大きな危険が伴うことについては、
親として避けるべきものだと思っています。
それは守るべきラインとして、
必要な判断だと思っています。
ただそれ以外の多くの場面では、
失敗そのものを避けることよりも、
その経験の中で何を感じて、
どう進んでいくのかの方が、
大切になっていくのではないかと感じています。
子どもの経験の見方が変わると親の関わりはどう変わるのか
もちろんそれぞれの価値観があるので、同じような考え方で子育てをしていない方もいらっしゃると思います。
ただ少なからず、子どもに経験させることに重要性を置いていても、
頭では分かっていても、
実際の場面になると止めてしまう。
それが起きているのではないかと思います。
でも、
子どもが失敗して、
落ち込んで、
それでもまた考えて進もうとする姿を見る。
そしてさらに、
そこを乗り越えて進んだとき、
その変化は、はっきりと見える形で現れてきます。
その積み重ねを見ていく中で、
少しずつ、
子どもが経験していることの意味が
自分の中に入ってくる。
そして、
大きな出来事だけではなく、
一見気づかないような小さな失敗や、
うまくいかなかったことにも、
そこに意味があると感じられるようになっていきます。
そうすると、
失敗を避けることに意識が向くのではなく、
その経験の中で何が起きているのか、
子どもがどう変わっているのかに、
自然と目が向くようになっていきます。
子どもの成長を見ること自体に、
どこか前向きな感覚が生まれていくのではないでしょうか。
経験はいつから始まっているのか
そしてもう一つ感じているのは、
経験というものは、
ある程度大きくなってから始まるものではなく、
もっと早い段階から、
すでに始まっているということです。
子どもが何かをやろうとしたとき、
その時点で、もう経験は始まっている。
うまくいくかどうかではなく、
やろうとしたこと自体が、
すでに一つの経験になっているのだと思います。
たとえば、
何かに手を伸ばしてみること。
うまくつかめずに落としてしまうこと。
触ってみて違うと感じること。
そういう一つ一つが、
すでに経験になっている。
うまくいったかどうかではなく、
やろうとしたこと、
感じたこと、
そのすべてが積み重なっていく。
だからこそ、
その瞬間を止めるのか、
そのままやらせてみるのかで、
積み重なっていくものは
少しずつ変わっていくのだと思います。
YESで答えてきた子育てでも書いたように、子どもの「やってみたい」を止めないことは、こういう日々の経験をそのまま積み重ねていくことでもあるのだと思います。
だからこそ、
失敗を避けることではなく、
失敗を経験できる状態をつくること。
そして、
その経験の中で何を感じて、
どう受け取って、
どう前に進んでいくのか。
その力を子どもの中に育てていくこと。
それが、
親の関わりの中でつくられていくものなのだと思います。
そしてその関わり方が、
子どもの経験の量を決めていく。
そう考えると、
先回りして守ることは、
子どもを守っているようで、
その経験を減らしてしまっているのかもしれません。
つづく。

