子どもへの声かけはどうする?親の言葉が与える影響と関わり方

子どもに、どこまで言えばいいのか。
どんな声かけをしたらいいのか。

子育てをしていると、このことに悩む場面は本当に多いと思います。

優しく言った方がいいのか。
はっきり言った方がいいのか。
励ました方がいいのか。
それとも、何も言わずに見守った方がいいのか。

子どもへの言葉というのは、子育ての中でとても大切なものとして語られることが多いですよね。

でも私は実際には、言葉そのものだけが一番大切だとは思っていません。

それよりも大切なのは、どう関わるかだと思っています。

ただ同時に、だからこそ逆に、言葉にはとても慎重でいたいとも思っています。

少し矛盾しているようですが、私の中ではつながっています。

なぜなら、関わり方という大きなものの中に、言葉も含まれているからです。
そしてその言葉は、思っている以上に子どもの思考に入り込んでしまうことがあるからです。

私は、人は本来それぞれちゃんとした思考を持って生まれてくるものだと思っています。

子どもだから何も分かっていない、空っぽの状態で生まれてきて、大人がそこに正しさを入れていく。
そんなふうには思っていません。

まだ未熟ではあっても、その子なりの感じ方があり、考え方があり、興味の向かう方向があり、好き嫌いの感覚があり、何かに惹かれる力がすでにある。

そういうものを本来持っている存在なのだと思っています。

だからこそ私は、大人の言葉によって、その子が本来持っていたはずの思考が違う方向に進んでしまうことを、とても怖いことだと感じています。

人間は環境の中で育っていく

人間というのは、本当に環境の影響を受ける存在だと思います。

もし人間がオオカミに育てられれば、オオカミのように育つ。
言葉も話さず、四つ足で歩き、その環境に合った在り方を身につけていく。

猿に育てられた人間が、猿のように木登りをしていたという話もあります。

それくらい、人は育つ環境に大きく影響される。

どんな場所で育つか。
誰と過ごすか。
どんな空気の中で毎日を生きるか。

それによって、人の考え方も、感じ方も、行動も、少しずつ形づくられていきます。

そう考えると、親の影響力というのは本当に大きいものだと思います。

親は毎日一番近くにいて、言葉をかけ、反応を返し、価値観をにじませながら関わっていく存在です。

それは良くも悪くも、子どもにとってとても大きな環境です。

親の言葉は、思っている以上に深く残る

親はたいてい、悪気があって言葉をかけているわけではありません。

むしろ、ほとんどの場合は逆です。
良かれと思って言っている。
心配だから言っている。
守りたいから言っている。
うまくいってほしいから言っている。

でも、その「良かれと思って」の言葉が、子どもの中で深く残ってしまうことがあります。

大人になっても抜けない価値観になったり、何かを選ぶときの無意識の基準になったり、自分で自分を縛る思考になったりすることがある。

私はそういうものを、これまでに何度も見てきました。

親に言われた何気ない一言が、ずっと心の中に残っている人。
子どもの頃に言われた価値観が、大人になっても生きづらさとして残っている人。

きっと自分の中にも、そういう影響はあったと思います。

だからこそ私は、子どもに対して言葉を使うとき、とても慎重になります。

子どもは本来、良い思考を持っている

私は、子どもは本来すでに良い思考を持っていると思っています。

ここで言う「良い思考」というのは、正しい答えを知っているという意味ではありません。

その子なりに感じ、その子なりに考え、その子なりに世界を受け取る力を持っているということです。

何を面白いと思うか。
何を好きになるか。
何に違和感を覚えるか。
どこに惹かれるか。

そういうものは、本来その子の中から出てくるものだと思っています。

そして私は、子どもはみんな、天才になる資格を持って生まれてきているとも思っています。

一つの才能かもしれないし、二つかもしれないし、三つかもしれない。
すぐに表れる子もいれば、遅れて表れる子もいる。
ぱっと見て分かりやすい才能もあれば、外からは見えにくい才能もある。

でも、どんな形であれ、その子なりに行ける場所がある。
その子なりの頂点がある。

可能性は、言葉によって閉じてしまうことがある

例えば、本当は絵にものすごく向いている子がいたとします。

絵を描くことが大好きで、自然に夢中になれて、放っておいてもどんどん描いてしまう。

でももし、

「絵ばっかり描いてどうするの」
「絵描きなんて食べていくの大変だよ」
「絵を描くよりもっと大切なことがある」

などと言われたらどうなるでしょう。

子どもは素直です。
大人が思っている以上に、言葉をそのまま受け取ります。

そして本来持っていたはずの情熱や才能から、少しずつ離れていってしまうこともあります。

言葉は思考を作るためではなく、思考を広げるためにあるものだと私は思っています。

だから私は、何でも言わないようにしている

私は、子どもに何でもかんでも意見を言うようにはしていません。

何かを見るたびに感想を言う。
子どもの行動に対してすぐに評価を返す。
子どもの考えに対して「こうだと思うよ」と大人の考えを重ねる。

そういうことを、できるだけしないようにしています。

YESで答えてきた子育て|やりたいを止めないと決めてきた理由

親が口を出したくなるとき

なぜなら、私の言葉がそのまま子どもの考えになってしまうことがあるからです。

そしてそれは、一見いいことのように見えても、本当は違うかもしれないと思うからです。

親の価値観を子どもの中にそのまま住まわせないために。

子どもが自分で感じ、自分で考え、自分で辿り着く前に、親の考えが先に入ってしまう。
それは、その子の思考を守るという意味では、あまり良いことではないように感じています。

子どもの可能性を狭めないために

私はこれからも、子どもに言葉をかけるとき、きっと迷うと思います。

これを言った方がいいのか。
言わない方がいいのか。
今伝えるべきなのか。
それとも待つべきなのか。

子育てに、完全な正解はないからです。

でもひとつだけ、いつも心に置いておきたいことがあります。

それは、子どもが本来持っている思考や可能性を、できるだけ狭めないこと。

子どもがその子なりの頂点まで行けるように、途中で止めてしまわないこと。

親の言葉は、その可能性を広げることもあれば、狭めることもある。
だからこそ、慎重でありたいと思っています。

何も言わないためではなく、
子どもが自分の思考で育っていけるように。

子どもが自分の力で、自分の好きや、自分の感覚や、自分の可能性を信じていけるように。

そのために、私はこれからも、言葉を選びながら関わっていきたいと思っています。

つづく

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