pub-3714318710564256子どもの個性を育む方法|息子と学ぶ『当たり前』の違い | 育成思考|子どもの可能性と向き合う

どんな風に育ってほしいか|当たり前を疑うこと

息子・Eizにどんなふうに育ってほしいか。

子育てをしていると、ふとそんなことを考えることがあります。

私がEizとの日々の中で大切にしたいと思っているのは、自分と違う考え方や価値観に出会ったときに、「そういう考え方もあるんだな」と理解できる感覚です。

もちろん、同じ意見になる必要はありません。
大切なのは、自分とは違う考え方があることを知り、それを頭ごなしに否定しないこと。

世の中には、国や文化の違いによって生まれる価値観の違いがあります。
そして、たとえ同じ国に住んでいても、同じ地域で暮らしていても、家庭が違えば大切にしていることや「当たり前」だと思っていることは、それぞれ異なります。

そんな違いに出会ったとき、「それはおかしい」と決めつけるのではなく、「そういう考え方もあるんだね」と自然に受け止められる感覚を、Eizとの日々の中で少しずつ育んでいけたらと思っています。

イタリアでサッカーに打ち込むEizの姿を見ながら、そして日々の小さな出来事を通して、私自身もまた「当たり前」を疑うことの大切さを学んでいます。

「当たり前」を疑うこと 〜息子Eizと一緒に学んでいること〜

12月25日、イタリア。

カトリックの国であるイタリアでは、クリスマスはキリストの誕生を祝う、一年で最も神聖で大切な日です。
多くの店は閉まり、街は静けさに包まれます。

この日は、家族が何よりも優先される日。
祖父母、両親、子どもたち、親戚が一堂に集まり、長いテーブルを囲んで何時間もかけて食事を楽しみます。

日本とは逆で、クリスマスは家族と、大晦日は恋人や友人と過ごすお祭りのような日です。

サッカーのシステムや教育ひとつとっても、日本とイタリアでは本当にたくさんの違いがあります。
それは日本とイタリアに限らず、世界の国々それぞれの文化が違うので、ごく自然なことだと思います。

でも、それは文化の違いだけではなく、親の価値観にも大きく左右されるとも感じています。
イタリアでも、日本以上にしつけにこだわる人もいれば、まったく気にしない人もいます。
こだわりを美徳とする人もいれば、こだわらないことを美徳とする人、意識すらしていない人もいる。

どれが正しいというより、本当に人それぞれです。

だから私は、Eizとの日々の中で、自分と違う考え方に出会ったときに、
「そういう考え方もあるんだな」
と理解できる感覚を育んでいきたいと思っています。

そのことを知っているだけで、ずいぶん生きやすくなると思うんです。

世の中には「普通じゃない」と言われる考え方を持つ人がいて、それを見たときにイライラしたり、否定したりするのではなく、
「考え方は人それぞれなんだ」
と思えるようになってほしい。

そして、その少数派の中にこそ、時にとても大切な思考が隠れていることもあると思うのです。

小さな違いにこそ、価値観が表れる

例えば、すごくささいな話ですが、私は小さい頃、スパゲッティはくるくる巻いて、音を立てずに食べるものだと教えられて育ちました。
それが “普通” だと思っていたので、大人になって音を立てて食べる人を見ると、正直少し嫌な気持ちになることもありました。

でも今思えば、そんなことは本当にどうでもいいことですよね。
それよりも大切なのは、それを見たときに
「人それぞれなんだな」
と思える力だと思います。

実際、イタリアでは給食にスパゲッティが出ることはほとんどありません。
ペンネやフジッリが主流で、家でもスパゲッティをあまり食べない家庭もあります。

だから、
「スパゲッティはくるくる巻いて食べる」
ということ自体を知らない子も結構います。

むしろ今は、日本の子どもたちの方が給食でスパゲッティが出て、
「こうやって食べるんだよ」
と教えられているかもしれません。

こういう「違い」があることを知るのは大切です。
でも、それを “正解” として押しつけてしまうと、いらない執着が生まれてしまう。

だから私は、
「いろんな考え方があるんだよ」
ということを、Eizとの日々の中で少しずつ伝えていけたらと思っています。

親の「正解」が、子どもの可能性を狭めることもある

例えば、日本ではスパゲッティを音を立てて食べると、「ちょっと行儀が悪い」と感じる人が多いと思います。
でも、ラーメンやそばは、音を立てて食べることが自然に受け入れられていますよね。

同じ日本の中でも、食べるものによって「普通」は変わります。
そして、そのラーメンをすする姿を見たイタリア人は、「どうしてそれはいいの?」と不思議に思うかもしれません。

そう考えると、「これが当たり前」と思っていることも、実はとても曖昧なものなのだと感じます。

礼儀やしつけを教えるときも同じで、
「こういう文化がある」
ということを知りつつも、それをしていない人を見て不快にならない心を育ててあげたいと思っています。

それは同時に、自分が「人と違う」と見られたときに、気にしすぎない強さにもつながると思うのです。

だから私は、いつも自分の考えが “当たり前” になっていないかを疑うようにしています。
本当にそれが正解なのか?
そもそも、子育てに正解なんてあるのか?
と、自分に問い直すようにしています。

自然に見せることはあっても、「教える」ということは、あえて避けています。
世の中の “当たり前” なんて、案外あっさりひっくり返るものだから。
自分が自信満々で教えたことが、実はマイナスに作用していた、なんてことも起こり得ると思うんです。

少し前に、あるお母さんが
「子どもには小さい頃から、暇があればたくさん動画を見せた方が頭がよくなる」
と話していました。

日本では、子どもに小さい頃から必要以上に動画を見せるのはよくない、できるだけ積み木やかくれんぼなど、いろいろな遊びをした方がいいと言われていますよね。

正直、その話を聞いたときは、「本当にそうなのかな?」と思いました。

でも、よく考えてみると、今の常識がいつまでも正しいとは限りません。
数年後には、まったく違うことが言われているかもしれない。

確かに、何事も極端なのはよくないと思います。
でも、自分の中で「これが正しい」と思っていることも、絶対ではないのだと感じました。

もしかすると、子育てに「これが唯一の正解」というものは、そもそも存在しないのかもしれません。

Eizの姿に、私の常識が揺さぶられる

最近のことですが、Eizは勉強をしながら、YouTubeを見て、ビデオゲームの確認をしています……😅

正直に言うと、イラッとします😅
「いやいや、それ普通に考えて集中できてないでしょ」と。

でも心のどこかで、
「でも意外とすごいことなのかも?」
なんて思うようにもしています。

実際、ちゃんと勉強はできているんです。
それを見るたびに、私の “常識” が少しずつ揺さぶられます。

もしかしたら、このやり方が彼にとって合っているのかもしれない。
もしかしたら、この同時進行が彼の感覚なのかもしれない。

だから今は、ぐっとこらえて見守っています。

サッカーも、勉強も、人生も、正解はひとつじゃない。
イタリアでサッカーに打ち込む11歳のEizを見ながら、私自身も「当たり前」を疑う練習をさせてもらっています。

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